インディゴブルーへの共感

どこまでも広がるこのブルーへの共感は一体どこまで続いているのでしょうか?

冬の寒さが生活全体を支配している。今は真冬。この土地では雪はめったに降らないが、透き通る空と、容赦ない地面の冷たさがここに暮らす人々に強くなるための試練を与えているようにも思える。自分の心はどうだろうか、実際独りでもそれほど寒くはないし荒んでもいないと思う。

2009年の末までに何かを自分の中できりをつけたように思える。細かいことは山積しているが、それはいい。大筋で何かが変わった。絵を描かなくてもよいことにした。これはとても大きい。社会的にこのレッテルを自らに掲げ四半世紀来てしまった。凡庸なる者がそれを完全に放棄する決意に至ったといったら大げさだろうか。

就職したことや写真という媒体を本気で意識するようになることが大きな転機だ。13歳に父から買ってもらった一眼レフ、28歳のとき再び熱にうなされるように写真を再開して、ようやくそこに気づいたというのが本音だ。モノを一から作り出すことには興味がない。二次元的なものは立体物の表面であると感じている。音楽は好きでも作り出すことに興味がない。自分が目で見るものにしか興味がない。意図して自分が作り出したものではなく、発見という出会いであればその興味は最高潮に達する。どちらかといえば動いているものや通過(経過)する物の方がいい。まるで新生児が新たな物体と経験を脳と心に取り込んでいくように。

2000年ころ、パソコンで描画することが製品技術的整ったことを実感したことがある。2010年、個人が動画を撮り、編集し、保存することがハイビジョン対応ビデオカメラとパソコンの性能向上、そしてハードディスクの大型化によって可能になったといえるだろう。時価20万円あれば、この環境が標準的に整う。筆とペンを完全に捨てて2009年末、自分の「眼」を手に入れた。デジタルの眼だ。肉眼が見たものを物理的に記憶しておくための「眼」である。絵本を描いていたころ、コミックスを描こうとしたころその行為は完全にエゴ(自我)であった。本能は描きたくない、しかし描ける自分に憧れ、それを周囲に認めさせたいという間で悩み続けていた。

ためしに写真をトレスするだけのコミックスを突発的に描いたときの充実感は今でも忘れない。デッサンはやらない、筆さばきなどの描画力は日々鍛錬していたもので十分だった。しかしそれも続かない。描画しているという観念からやはり抜け出すことはできなかった。

話は飛ぶ。子供もころから絵は苦手であった。描くことが苦痛でしかたなかった。圧倒的に立体物に興味があった。それも巨大なもの、自動車よりも建機や重機に興味を抱いていたのもそういったことにの現れだったように思う。自分にとって絵とはとても曖昧なもの。動画も確かに二次元である。しかしカメラが物体や風景の周囲を移動したり、物体が移動することで立体を追体験できる。だから社会的に曼荼羅化して崇められる決定的瞬間の写真や描画や絵を尊いとはあまり思っていない。

抽象的とは自然の営みや音楽のことだと個人的に思っている。音楽家はあるとき構造的に曲を制作するだろう。建築家ならなおさらだ。しかし私(たち)はそれをまず、全体の印象から捉える。構造から考えることはあまりないだろう。眼で見て耳で聞く。普通に見ること・聞くことに自分は一番興味がある。グラフィティに興味があっても、ライターになりたいとはやはり思わない。その存在を見たいだけ、できればその時心の中で鳴り響いている他者が作った音楽が添えられていればパーフェクトだ。

それが何を意味するかはわからない。しかし、それを追い求め、自分はこれが好きでやっているという事をいえるだけで、もっと堂々とした生活を送ることができると思う。描画・グラフィックよさらばだ。本棚の書籍はやがて自分の撮影したDVD-R、自分が編集した動画のCD-R、そして他者が製作した音楽CDを映画とPVのDVDに変わって行くだろう。アニメーションには興味がない。(自分がまだ知らないだけかもしれないが)1〜2年の間に家庭で使えるソフトとして、実写映像をよりプログレッシヴな形で編集・加工できる環境が整うことを願ってやまない。今はまず解像度の安定した素材を撮影すること。それと音楽をきくこと、今できることを精一杯やっておこうとおもう。



野外プレイ〜インディゴブルーへの共感